駄文

個人的備忘録

優しくなれたら

みんながもっと優しくなれたら、争いごともなにも起きないのにね。

簡単なことのように見えるけどとても難しくて、私も全然できてない。

 

失敗した人に、強く当たる人がいるけど、なんでだろう。

優しくしろとは言わないけど、強く当たる必要もないよなあ。

例えその人の言っていることが正論であったとしても、周りはいい気しないし、言われた方も傷つくよ。言っている人の人間的評価も下がる。少なくとも私の中では。

オブラートに包めとは言わないけど、はじめっから高圧的にいって相手を抑圧しないで、面と向き合って話して欲しい。  

高圧的にかられたら耳を傾ける気も起きないよ。

 

ちょうど一年くらい前、女の上司に凄く怒鳴られて(しかも、取引先の納期が遅れたので私にはどうしようもないこと)、しかもそれが当たり散らす感じだったのね。ちょうどその上司も忙しい時期だったんだろう。

他にも色々あったが略。机叩かれたりしたなあ…。

 

焦ってヒステリックになる気持ちもわかるけど、他人に強く当たる気持ちはあんまり分からない。

その上司は会社の色々な人の愚痴を本人がいない時にいつも後輩に喋っていて、そんなに人を嫌うばっかりで楽しいのかなとも、人を嫌えば嫌うほど自分も他人から愛されなくなっていくのに可哀想な人だなあとも思うのよね。優しくなれよ、と。今日はその上司について語りたいわけじゃないんだけど。

 

 

「なぜこの人は人に優しくなれないの?」

これが私が心を病み始めた1番のきっかけかな。病むというより、人のあり方を考え始めた理由。

泣きながらベッドで考える自分を「鬱」で終わりにしたらいけない。

「病気じゃないよ。ただ人の心を考える思想家なだけ。」そう思えばなんだか楽しくなってくるんじゃないのかな。

なぜか私の周りには、心が綺麗で研ぎ澄まされていて、世の中の変化に敏感で、今にも折れそうなくらいの不安定なラインで生きてる人が多いから、お互い頑張ろうね。

 

私なんか時折会社で泣いてるし、家でも号泣で翌日顔を腫らしながら会社に行くこともある。

しかも「生きる」とは何か考えすぎて、悩むのが苦しくなりはじめ、頭の中に自分が死ぬ幻覚がフラッシュしはじめ、これは死ぬしかないと思い会社を無断欠勤して遺書を書き死のうとするくらいの、世間一般じゃどう考えてもメンヘラに分類される人間だからね。会社の人にも、家族にも友だちにもそれで迷惑かけたなあ。みんな「優しい」人たちなので、今でも生きてるし、悩むより死んだ方がマシだと思う事も前よりかなり減った。死ぬよりも、苦しみながら生きて、自己表現できる何かを探そうと決めたから。考えるのをやめたとき、それは死ぬ時だと思う。

とりあえず頑張ろう、人生。そして相棒(この精神)

 

人間はみな、思想家である

 

今日は会社を休みます。

最近ブログ書きすぎだなあと思うけれど、吐き出せるのはノートかここくらい。ノートは人に見せることがないので汚い言葉が羅列してあるだけ。ブログは人に読まれているだろうという意識が働くため、それなりに考えながら文字を打ち込める。ゆえに頭の整理ができる。ここは整理の場。

 

最近、満員電車に乗るのがつらい。冷や汗をかく。他人の背中に自分の背中が触れるのがとても不快だ。

街を歩けば大勢の人。ぶつかりそうになる。自分のペースで歩けない。東京の人は早歩きだというけれどそうじゃない。圧倒的に人が多いんだ。

会社に着けば自分を作らねばならない。好き勝手やってきたつもりだったけど、そうじゃなかったようだ。やっぱりキャラクターを作っていた。しかしもう疲れた。

ここ最近、会社でも涙が止まらない現象が再発してとても鬱々としていた。

そんな陰鬱な気持ちをごまかすように深酒したあと、泥のように眠った。朝目覚めると陰鬱な気持ちは残っていた。酒はダメだねえ、やっぱり。

ベッドから起き上がる気力もなく、いつもならシャワーを浴びて化粧をしている時間も過ぎてしまった。今日は会社を休まなきゃいけない日だと思った。会社に電話を入れた。

かといって何もすることがないし、無気力だ。ぼーっと天井を眺めていた。そしてストンと眠りに落ちた。

目が覚めたら昼の時間になった。冷蔵庫には何もないので、ラーメンを食べにいった。そのあと区役所に自立支援の申請にいった。申請が通れば精神疾患関連であれば医療費が1割負担になる。しかし、医師に書いてもらった申請書の有効期限が過ぎており、成らずといったところだ。また三千円払って医師に書いてもらわねばならない。無駄なことをした。

こうやって自立支援の申請に行くと「健常」でないことを思い知らされる。口ではどうとでも言えるが、こうやって診断を下され向精神薬や精神薬を処方されている以上、私は紛うことなき精神病患者なのだ。しかし、診断を下されるのが嫌だからという理由で病院に行かないのは賛同しかねる。つらいならば行くべきだ。社会的信用を失ったり、死んでからじゃ遅いぞ。迷っている人がいるならそう言おう。

 

区役所帰りに薬局に寄った。トイレのタンクに入れる青い芳香剤を2つ買った。あれがあるのとないのではトイレの汚れ具合が違う。1つで一カ月は保つから良い。近所に薬局があって本当に良かった。家に着いたらまた眠気が襲ってきた。抗うこともせず、睡眠欲に飲まれることにした。

 

書いていて飽きてきたなあ。

どんなことでもいつも途中で飽きてしまう。最初から最後までやり遂げたことがない。それは人生も一緒だ。終わらせるのには体力と決意が必要だからやらないだけで、投げ出したい。投げ出したら楽になるだろう。

自分自身を救えるのは最終的には自分だけだけど、救いの手助けがもっと欲しかった。親にも相談できず、周りの友だちにもちゃんと相談できず、会社の人に言うこともやめた。相談できるのは、似たような病気を抱えてる人だけだった。周りの人に対して「どうせ私の気持ちなどわからない」と心を閉ざしたのは私の方だ。抜け出そうとする努力を怠った。

 

ま、とりあえず、心の中では明日も会社を休むことにするね。

ワタシ人生年表

1992年 千葉県で生まれる。名をばヨシオとなむ言ひける。

 

1995年 弟が生まれる。同じ頃、入院している叔母の見舞いに行き院内の階段で転倒。覚えているのは多量出血と激痛。病院にたらい回しにされた挙句、外部の歯科医院に行くも既に時遅し。ヨシオの前歯の神経は既に無くなっていた。

3歳に満たないながらも、病院のお役所的たらい回し対応と融通の利かなさに憤りを覚える。

 

1997年 身長の伸びが早かったヨシオ。同世代の女の子たちより頭一つぶん背が高かった。この頃の将来の夢はお花屋さん。

父親の下手な演技のせいでサンタクロースは存在しないことを知り激怒。風呂場で泣きながら「サンタさんはいなかったんだ!」と叫ぶ。ちなみにこの時サンタになりすましていた父がくれたのはニンテンドー64

 

1999年 歯を題材にした作文で表彰され盾をもらう。主題はやはり、忌まわしい転倒事故で神経が無くなったあの前歯。抜けて生え変わるまで、黒ずんでいる上、目立つ箇所に生えていたために幼少期の私の自意識に暗い影を落とした。

 

2000年 また歯の作文で表彰される。もはやテーマは覚えていない。

 

2001年 校内長距離走大会で銀メダル獲得。前年の順位は下から数えた方が早かったが、水泳を始めてから体力がついたのだろうか。

 

2002年 日韓ワールドカップでオリバー・カーンに惚れる。授業中は試合の結果がばかり気にするようになる。

校内長距離走大会でついに金メダル獲得。あとは落ちるだけ。

 

2003年 愛猫チビが天に召される。お墓を作り弔う。

 

2005年 中学入学。ロックに目覚め反抗的になる。むき出しにする訳でもなくただ心の中にのみとどまる静かな反抗。親や教員の言うことすべてが軽薄に感じられるようになる。

太宰治人間失格』を読み、自分は道化ではないかと悩み始める。

 

2006年 部活中、過呼吸で倒れたのをきっかけに精神世界に入り始める。ついに引きこもりに。カントやニーチェフロイトユングらの哲学書並びに『悲しみよこんにちは』『かもめのジョナサン』『ベロニカは死ぬことにした』『地下室の手記』などの海外文学にハマる。中二病の一言で片付けて仕舞えば早いが、この頃はやっぱりおかしかったのだろう。

 

 

2007年 相変わらず引きこもっていたがたまに外に出て学校をサボっている他校の生徒と交流し始める。高校に行く気は失せていたものの、説得され進学することに。

中2中3の途中から一切勉強していなかったため、頭がすっからかんになっていた。完全なる自業自得ではあるが、これまた私の人生に暗い影を落とす。教育の基礎部分な抜けてるって大変なことなんだよ。建物と同じで、基礎ができてなきゃなんも建てられないんだから。実質中卒未満の学力だという認識が自分の中に今でもずっとある。

 

2008年 精神が弱すぎて入学してすぐ発熱。しかし宿泊オリエンテーションには無理やり参加。しかし1日目は寝たきり。

 

2009年 またもや学校に行く気が失せ始める。たまにずる休みをする。

 

2010年 精神が弱すぎて内部進学テストの直前に40度の発熱。点滴を打ってなんとか受験。熱が完全に引くまで2週間かかった。

 

2011年 震災。地元の電車が断線し、2週間不通。復帰後もしばらくは2時間に1本しか通らなかった。そして大学入学。ファッションのダサさに磨きがかかる。

 

2013年 朝はコンビニ、夜は居酒屋のバイトの掛け持ちを始める。一日中働いていたので通学が面倒になる。

 

2014年 教育実習に行くも自分の社会不適合ぶりに嫌気がさす。その後卒論を書くために国会議事堂前駅までの定期を自費で購入するも、国会図書館にはほとんど通わず、国会議事堂前を散歩するだけの日々。

 

2015年 入社。社会人とはこんなものか、と現実を知る。思い描く丸の内のOLとは程遠かった。

 

2016年  一人暮らしを始める。自由を手に入れたことが、逆に不自由にさせるのではと思う。

転職を考え始める。

 

2017年 何もかもがどうでもよくなる。

 

to be continued ...

 

振り返れば学校行きたくないとか、仕事変えたいとか言って逃避したり、場当たり的に何かやってみたりとかそういうどうしようもない人生だけどなんとかやってます。人生から逃げようとしたけど、失敗したので、これは誰かが逃げるなって私に言ってるってことだと思う。 年表をいつまで書き足せるか楽しみです。

 

みんなゴリラ

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作詞作曲・マントラ・よしお

 

ウホ!!ウホホホホ!

ウホ。ウホホ。ウ、ホホホホウイ。

ウホホホホ。

ウ〜〜〜〜。

ウホ。ウホホホホ。ウホッホ。

ウホウホウホホッ。

ウホホホホホホホホ。

ウホッホウホッホ。

私はゴリラ。

どうもゴリラです。

ゴリラです。

好きな食べ物、いろいろです。

サーキュレーション大切です。

人類みんなゴリラです。

ウホホイ。ウホッホ。

ウホホイ。ウホーー。

ウウウウウウ。うホッホッホ。

みかん!みかんだ!

みかんが食べたい。

ああ、みかん。

ゴリラはみかんを手に取った。

しかし皮がうまくむけない。

ゴリラは泣いた。泣いたはゴリラ。

ウホ。ウホホッホ。ウーホホ。

ウホホホホ。ウホホホホ。

 

下町もいいなと思う今日この頃

出身はどこですかと訊かれれば、千葉ですと答える。そうすると千葉のどの辺りですか、と来る。ネームバリューのある場所でも無いので、とりあえず「成田の方です」とうやむやにする。成田なら空港があるのでみんな分かるからだ。しかしそれでももっと詳細にと追撃してくる人はいるもので、仕方なく「印西市です。千葉ニュータウンのある…」と答える。

案の定相手は「聞いたことはあります」だとか「すみません、ちょっとわからないです」と申し訳なさそうに言ってくる。何だか私がスベったような感じになる。

千葉出身って話のタネになりにくいから困る。房総の方ならまた違うんだろうけど。地方だったら、特産品の話とか文化の話で盛り上がれるけど、千葉の北西部って特筆すべき点が(少なくともわたしにとっては)見当たらない。

 

学生時代の途中から社会人になってから一年間はこれまた千葉の柏に住んでいたけど、柏も良くも悪くもフツーの、そこで何でも揃う暮らしやすい街だった。

 

今は葛飾区で暮らしている。ほぼ千葉だ。下町なので商店街が栄えていて、お惣菜が安く買える。自炊するより安いかもしれない。

 

お気に入りは、唐揚げ屋さん。

店主がとても優しい方で、たまにオマケしてくれる。

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会社帰りに寄ると、店主が「おかえり」と言ってくれる。一人暮らしをしている身としては、この一言がとても沁みるものだ。

 

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ラーメン屋もたくさんある。博多豚骨、魚介つけ麺、中華そば、味噌ラーメン、二郎インスパイア系など狭い区画にぎゅっと凝縮されているので、ラーメン好きにはたまらない。おかげで健康診断の結果はボロボロ。

 

最近通い始めたのはカレーショップ。

70歳を超えているであろうおばあちゃんが経営している店だ。

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量が多く値段も安い。味は家庭的で、小さい頃母が作ってくれたカレーを思い出した。母は料理が決して上手くはないけれど、カレーは母の作ったものとおばあちゃんが作ったのが一番だ。

そんな懐かしの味。ニンジンは柔らかくジャガイモはホクホクしている。

通い始めたばかりだけど、おばあちゃんはとても優しそうだ。

 

今日初めて行ったのは駅近くにある、24時間営業の中華屋さん。

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こちらも昔ながらのオムライス。

年季の入ったカウンターとテーブル。厨房でおじさん二人が中華鍋を振っている。タマネギと豚のコマ切れ。ケチャップ。とても美味しかった。

 

 

 

帰り道で見覚えのあるおばさんを見かけた。向こうが手を振ってくれる。そして「あなたうちの店に来てくれたことあるでしょ」と一言。この前行ったスナックのママだ。旦那さんと買い物中のようだ。

 

下町に住み始めて一年。最近まで、引っ越したくてしょうがなかったけど、開拓しようと決めてから好きになってきた。終電は早いし、渋谷や新宿に出るのにも時間がかかるけど、悪くないなあ。

女子中学生と暮らしたい。

栗山千明(12)と暮らしたい。 

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どうしようもなく好きだ。

奥二重で極めて和風な髪型。だけど顔だちはエキゾチックな雰囲気も漂う。ミステリアスで私生活が見えない感じ。もっと知りたいと思わせる。

女の私でさえこんなに惹かれるのだから、 男性だったらハマる人はとことんハマるにだろう。

目の前にしたら彼女が発する空気に圧倒されてしまうに違いない。

 

現在の栗山千明のことは正直わからない。幼き頃の彼女にしか興味がない。私の中での栗山千明は『神話少女』の中の喋らない彼女だ。

 

これを言うとゾッとされるかもしれないが、女子中学生と一緒に暮らしたい願望がある。高校生でも大学生でもダメ。中学生がいい。

小学生だと幼すぎるし、高校生になるとアイデンティティを確立してしまっていて社会人ババァである私(といってもまだ24だけど。まだ。まだ…。)が入り込む余地がない。大学生ともなるとほぼ精神年齢が変わらない、ともすれば私より高い可能性があるのでダメ。光源氏計画ができない。よって、なんとなく中学生が良いのだ。

 

仮に12歳の栗山千明と一緒に1Kの部屋で暮らしたとしよう。

幸せな生活しか想像できない。

 

以下、大変見苦しい妄想がつらつらと。

 

私が仕事から帰ったら、お帰りなさいと千明が言ってくれる。夕飯を作るために二人でスーパーに買い物に行く。そして狭いキッチンに立って簡単な料理を作る。どちらもあまり料理は上手くないけど、頑張って作って小さい机を囲んで食べる。美味しいねって笑いあう。

 

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ベッドは安いパイプ造りのものが一つしかないので、ぎゅうぎゅうになって寝る。

土日は二人で散歩したり電車で遠くに行ったりする。だけどどちらもインドア派なので、本を読んだり映画を観たりゲームをしたりすることが多い。彼女は年齢の割に難しい本を読む。私が近現代小説を好んで読むので、貸していたけど、今では彼女の方が詳しくなってしまった。

 

という妄想を四六時中している。

 

そういや千明みたいな雰囲気の同年代の女の子と同居している夢をみたことがあったな。その時は悲しい結末だったよ…。女の子に「一緒に死のう」と言われたから、一緒には死ねないし、死んだらダメだと言ったんだけど一夜明けたら亡くなっていた…。未だに覚えているってことは強烈な夢だったのでしょう。

 

結局のところ、光源氏と紫の上のように上手くはいかないよね。

年齢差がある上に同性同士だし、恋愛ともまた違ってただの同居人だもの。悲しい別れしか想像できないよ。妄想の中で楽しくやるしかないのね。

 

もうすぐ25歳になるくたびれた薄給の女会社員だけど、妄想くらいは楽しくやらせて欲しい。脳内不可侵条約結ぼう。思想は自由。行動にうつさなきゃ自由。 千明大好き。以上。

生きろというのは難しいんだなあ。

死にたいと思っている人に生きろって言うのって結構難しい。

だって私も死にたいと思ったことが何度もあるからだ。

生きることがもうどうしようもなく苦痛で仕方なくて、結果として出てくる言葉が「死にたい」。

もしくは、自分の居場所がわからなくて「生きてても無駄」というワードで頭が埋め尽くされる。

そういう状況は本当に苦痛だから、生きろと引き止めるのは野暮のように思えてしまう。生きてたらいいことがあるよなんて言うのは無責任じゃないかとも感じる。

それでも生きてって言いたい。これは私のエゴだ。誰かが死んでしまうのは私が悲しいから死なないでっていうただのエゴ。それでも誰にも自殺なんかして欲しくないから生きて欲しいって言う。

悩みがあるなら誰かに相談すれば良いし、なんなら私が話だけでも聞く。

 担当医に言われたのは、とにかく話を聞いてもらいなさいってことだ。

私はあなたではないから、なんのアドバイスもできないけど、黙って聞くことくらいはできるし、死ぬなと引き止めることは可能だ。

 

たくさん薬を飲んだりだとか、手首を切ったりだとかをしたいと思っても少し落ち着いて考えて欲しい。ドラッグオーバードーズをしたら後で胃洗浄が待ってるし、リストカットしたら傷跡が残る。そんなことは百も承知だよね。そんなんで思いとどまれるならそんなになるまで精神がボロボロになったり、生きづらさを感じてないよね。難しいなあ。答えは見つからない。

みんなが幸せになりますように。

これ、寝言です。むにゃむにゃ。