駄文

個人的備忘録

寺山修司の詩は好きなくせに一般人が寺山修司ぶって書いた文は苦手

最近思った事たちを脈絡もなくズラーっと並べる。

 

1.寺山修司の詩は好きなくせに一般人がポエマーぶって書いた文は苦手

 

これ、どういうことか分からない人も多いと思う。私もうまく説明できない。

例えば、蓮實重彦の書く文章は好きだけど、他人が蓮實重彦風に書いた文章は嫌い みたいな。いや、違うな。

YUKIの歌い方は好きだけど、一般人がYUKI風に歌ってるのを見ると、その歌声が本人と寸分たがわずとも殺意が芽生える に方が近いかもしれない。

 

うまく表現できない…。けどこの感覚わかる人いないかな。

思うに芸術作品というものは、「もの」そのものだけではなくて作者の性格だとか容貌のエッセンスが混ざりあって初めて芸術作品と呼べるんじゃ無かろうか。

だから私がもし吉行淳之介っぽい文章を書いたとしても「ぽい」の域を出ないし、マティスのような絵を描いてもマティスにはならない。

なんか表題とズレてるかも。おわり。

 

 

1.夜中にうるさい私の隣人

 

とてもうるさいわけでもないのでクレームも入れられず。だけど夜中1〜2時に友人とそれなりの声の大きさで会話するのはやめてほしい。木造建築だし壁が薄いのだから。学生さんだろうなあ。

先日は早朝5時まで騒いでいたのでさすがのわたしも管理会社にメールで連絡を入れた。友人から電話で伝えた方が気持ちが伝わるとのアドバイスをもらったので、実行した。後日隣人にやんわり注意してくれるそうだ。

私だってごくたまに部屋でアコギを弾いたりもするけど平日は遅くとも21時にはやめるようにしている。そもそもほとんどは土日の日中に弾くくらい。

 

 

 

1.鬱状態になるときは自己に目を向けがち

 

自己←←←←視線→→→→他人

↑                                     ↑

鬱の時                            元気な時

 

鬱状態の時は自己に気を取られて、他人に目が行かなくなる。

自己にとらわれないためには外に出て空気を吸う必要があるんだけど、そんな気力も失せているから悪循環。引きこもって物事を悪い方向にばかり考える泥沼にハマる。私はひょんなことから沼から抜け出せたので、今のところ元気。きっとまたハマるんだろうけど、鬱状態になった時の自分が立ち直れるようメッセージを書き残してるからある程度大丈夫。

 

1.オッパイとおっぱい。丸とまる。

 

ひらがなの丸みって素晴らしい。

オッパイよりもおっぱいの方が柔らかい感じがしないかい。

 

おっぱい!!

 

1.自炊を始めた

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毎日作ってるわけじゃなくて、週に1,2度。豚の角煮が大好きでハイペースで作ってしまう。豚バラ肉ブロックは高い。

結局自炊と買い食いのどちらが安いかは分からず。

 

極私的ブス論(序)

「ブス」と呼ばれたことのない人は良かったね。

そうでない人は、ご愁傷さま。

いや、私だってブスと言われたことなんていくらでもあるのだが。というか、半ばニックネーム的に呼ばれていた時期もあった。ブスと呼ばれた回数は並じゃない。

 

私にとってブスという言葉はそう嫌な言葉でもない。

ブスと呼ばれるたびに「おいしいポジションだな」と感じていた。

こればっかりは受取手次第で、もしブスと呼ばれることを嫌がっている人に面と向かってブスと呼んでしまったらイジメになってしまう。

今回はブスがブスについて軽く話しているという事を念頭に置いて、暇な人だけに読んでほしい。若干下ネタが入るので読みたくない人は注意。

 

私が真剣にブスについて考えるきっかけになったのは友人との会話だ。

友人の知り合いが、お世辞にも美人とは言えず、平安時代にも需要がないどころかどの時代でもあんまり需要がなさそうな見目形をしているのだが、いわゆるヤリヤリのヤリ◯ンだという。

 

その話を聞いた時、何故ブスが…。と思った。

私は男ではない。だから男だったらという仮定でしか話をすることはできないが、一夜を過ごす相手にブスは選ばない。出来るだけ可愛いか美人が良い。ブスというだけでても繋ぎたくないし、一緒に歩いているところを見られたくない。ましてやシャワーを浴びている姿を想像したら吐き気が出そうだ。

こう思うのは私が女だからだろうか。欲深き男ならばブスが相手でも良いのだろうか。

 

この問いは解けない。なぜなら私の周辺にはワンナイトラブ を狙うような男友達がいないからだ。

もしそういう殿方がいたら教えてほしい。ブスが相手でも良いのか。むしろワンナイトラブ の相手に何を求めているのか。

 

 

これがブスによる極私的ブス論(序)でした。序だから短い。まだ本論に入ってないからブスの定義についても語れていない。暇な時に続きを記そう。

 

夢日記

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たまにその日見た夢をケータイ電話にメモしている。目覚めてすぐ、忘れないうちに。

 

今回はそれをブログにそのまま貼っつけてみる。

ただし個人名が出ているところは●●と表記する。

寝ぼけまなこで打ち込んだから文章になっていないけど、そこはご愛嬌。

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夢2016.11.16

超能力者どうしで殺し合い
小さい頃の私が能力者
なんだかんだで勝つ 
最後に敵と変なおじさんが結婚しておわり

夢3.6
大学?講義を受ける 私
中央に教授 なんの講義か不明
向かいに●●さん(職場の同僚)隣にいた男子学生の口の中に自分の中指を入れる
おどろいた私は●●さんに中指を立てる
しかし●●さんに中指を立て返される

夢3.5
就活の夢。
散々な結果に終わる。
受動的な態度ではなく、積極的に話すべしとのアドバイス

夢3.7
①●●ちゃん(学生時代の友達)と●●くん(高校の同級生)と謎の男の子(お相撲さんの息子。群馬在住)と●●と●●さんが我が家に遊びにきて焼き鳥パーティ。現実の私の部屋より広い。
②家に宅急便の配達員が来た。爆笑問題太田光だった

夢3.9
●●と(親友)謎の街へ旅行
蒲田から電車でてる。
リゾート地のようだ。
鈍行で行こうとしたら、座っていきたいからという理由で3400円の特急券を●●が買ってしまった。私も仕方なく特急で。
全面ガラス張りの特急で絶景だった。
夢3.17

職場の他部署の先輩、●●さんがこの秋結婚するという夢をみた。
普段関わりはあまりないがなんだか寂しい気持ちになった。
夢 3.21
母と成田山新勝寺へいく

夢3.22
●●ちゃん(アイドル)と仲良くなる。女同士だけど付き合っているのではないかというくらいに仲良くなる。寝泊まりを一緒にしている。同郷だという話しで盛り上がる。彼女も千葉出身らしい。いまだに実家から通っているそう。髪の毛を一緒に切りに行ったり、ステーキ食べたり、マッサージに行ったりした。

夢3.24
●●さん(転職した先輩)の友だちと偶然出会う。
丸メガネを眼鏡をかけた服装もお洒落な人だったけど、ニット帽を取った瞬間その人の体がいきなり太った上、頭もはげていたので
とてもびっくりした。しかも塩顔からスラブ系の顔に変化……

夢3.25
デパートの化粧品売り場で、何度もなんども口紅を試し塗りする私。
試し塗りしすぎて唇が痛い。

夢4.1
高校のクラスの殺し合い授業。
毎時間クラスの中で4人が選出されて、1人を残して3人死ぬまで、戦わされる。
それを残りのクラスメイトで見学する。
私は選出されなかったので生き残った

夢5.5
①△△で●●(元々付き合ってた人)とシェアハウスする夢。△△にしては賑わっていた。
②日本国家秘密基地に潜り込む。地下で労働者たちが奴隷の如く働いていた。

夢8.5
寺山修司の世界的夢
村のようなところ。そこの住民らしき男性の父が危篤になったらしく住民らが集まっている

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 なかなか面白い。

普段想像もしないことが眠っている時頭の中に浮かんでいると思うとワクワクする。ゾンビに追いかけられるような怖い夢も見るけど、ある程度自由自在に目を覚ますことができるので心配無用。

 

夢の世界を現実だと思い込めればいいなあと思う事も多々ある。そうすれば現実がどんなにつらくても生きていける。

いっそマトリックスのようになったらどうだろう。そうすればどちらが仮想世界でどちらが現実世界なのかわからないもん。

 

今日は会社を休みます。

最近ブログ書きすぎだなあと思うけれど、吐き出せるのはノートかここくらい。ノートは人に見せることがないので汚い言葉が羅列してあるだけ。ブログは人に読まれているだろうという意識が働くため、それなりに考えながら文字を打ち込める。ゆえに頭の整理ができる。ここは整理の場。

 

最近、満員電車に乗るのがつらい。冷や汗をかく。他人の背中に自分の背中が触れるのがとても不快だ。

街を歩けば大勢の人。ぶつかりそうになる。自分のペースで歩けない。東京の人は早歩きだというけれどそうじゃない。圧倒的に人が多いんだ。

会社に着けば自分を作らねばならない。好き勝手やってきたつもりだったけど、そうじゃなかったようだ。やっぱりキャラクターを作っていた。しかしもう疲れた。

ここ最近、会社でも涙が止まらない現象が再発してとても鬱々としていた。

そんな陰鬱な気持ちをごまかすように深酒したあと、泥のように眠った。朝目覚めると陰鬱な気持ちは残っていた。酒はダメだねえ、やっぱり。

ベッドから起き上がる気力もなく、いつもならシャワーを浴びて化粧をしている時間も過ぎてしまった。今日は会社を休まなきゃいけない日だと思った。会社に電話を入れた。

かといって何もすることがないし、無気力だ。ぼーっと天井を眺めていた。そしてストンと眠りに落ちた。

目が覚めたら昼の時間になった。冷蔵庫には何もないので、ラーメンを食べにいった。そのあと区役所に自立支援の申請にいった。申請が通れば精神疾患関連であれば医療費が1割負担になる。しかし、医師に書いてもらった申請書の有効期限が過ぎており、成らずといったところだ。また三千円払って医師に書いてもらわねばならない。無駄なことをした。

こうやって自立支援の申請に行くと「健常」でないことを思い知らされる。口ではどうとでも言えるが、こうやって診断を下され向精神薬や精神薬を処方されている以上、私は紛うことなき精神病患者なのだ。しかし、診断を下されるのが嫌だからという理由で病院に行かないのは賛同しかねる。つらいならば行くべきだ。社会的信用を失ったり、死んでからじゃ遅いぞ。迷っている人がいるならそう言おう。

 

区役所帰りに薬局に寄った。トイレのタンクに入れる青い芳香剤を2つ買った。あれがあるのとないのではトイレの汚れ具合が違う。1つで一カ月は保つから良い。近所に薬局があって本当に良かった。家に着いたらまた眠気が襲ってきた。抗うこともせず、睡眠欲に飲まれることにした。

 

書いていて飽きてきたなあ。

どんなことでもいつも途中で飽きてしまう。最初から最後までやり遂げたことがない。それは人生も一緒だ。終わらせるのには体力と決意が必要だからやらないだけで、投げ出したい。投げ出したら楽になるだろう。

自分自身を救えるのは最終的には自分だけだけど、救いの手助けがもっと欲しかった。親にも相談できず、周りの友だちにもちゃんと相談できず、会社の人に言うこともやめた。相談できるのは、似たような病気を抱えてる人だけだった。周りの人に対して「どうせ私の気持ちなどわからない」と心を閉ざしたのは私の方だ。抜け出そうとする努力を怠った。

 

ま、とりあえず、心の中では明日も会社を休むことにするね。

ワタシ人生年表

1992年 千葉県で生まれる。名をばヨシオとなむ言ひける。

 

1995年 弟が生まれる。同じ頃、入院している叔母の見舞いに行き院内の階段で転倒。覚えているのは多量出血と激痛。病院にたらい回しにされた挙句、外部の歯科医院に行くも既に時遅し。ヨシオの前歯の神経は既に無くなっていた。

3歳に満たないながらも、病院のお役所的たらい回し対応と融通の利かなさに憤りを覚える。

 

1997年 身長の伸びが早かったヨシオ。同世代の女の子たちより頭一つぶん背が高かった。この頃の将来の夢はお花屋さん。

父親の下手な演技のせいでサンタクロースは存在しないことを知り激怒。風呂場で泣きながら「サンタさんはいなかったんだ!」と叫ぶ。ちなみにこの時サンタになりすましていた父がくれたのはニンテンドー64

 

1999年 歯を題材にした作文で表彰され盾をもらう。主題はやはり、忌まわしい転倒事故で神経が無くなったあの前歯。抜けて生え変わるまで、黒ずんでいる上、目立つ箇所に生えていたために幼少期の私の自意識に暗い影を落とした。

 

2000年 また歯の作文で表彰される。もはやテーマは覚えていない。

 

2001年 校内長距離走大会で銀メダル獲得。前年の順位は下から数えた方が早かったが、水泳を始めてから体力がついたのだろうか。

 

2002年 日韓ワールドカップでオリバー・カーンに惚れる。授業中は試合の結果がばかり気にするようになる。

校内長距離走大会でついに金メダル獲得。あとは落ちるだけ。

 

2003年 愛猫チビが天に召される。お墓を作り弔う。

 

2005年 中学入学。ロックに目覚め反抗的になる。むき出しにする訳でもなくただ心の中にのみとどまる静かな反抗。親や教員の言うことすべてが軽薄に感じられるようになる。

太宰治人間失格』を読み、自分は道化ではないかと悩み始める。

 

2006年 部活中、過呼吸で倒れたのをきっかけに精神世界に入り始める。ついに引きこもりに。カントやニーチェフロイトユングらの哲学書並びに『悲しみよこんにちは』『かもめのジョナサン』『ベロニカは死ぬことにした』『地下室の手記』などの海外文学にハマる。中二病の一言で片付けて仕舞えば早いが、この頃はやっぱりおかしかったのだろう。

 

 

2007年 相変わらず引きこもっていたがたまに外に出て学校をサボっている他校の生徒と交流し始める。高校に行く気は失せていたものの、説得され進学することに。

中2中3の途中から一切勉強していなかったため、頭がすっからかんになっていた。完全なる自業自得ではあるが、これまた私の人生に暗い影を落とす。教育の基礎部分な抜けてるって大変なことなんだよ。建物と同じで、基礎ができてなきゃなんも建てられないんだから。実質中卒未満の学力だという認識が自分の中に今でもずっとある。

 

2008年 精神が弱すぎて入学してすぐ発熱。しかし宿泊オリエンテーションには無理やり参加。しかし1日目は寝たきり。

 

2009年 またもや学校に行く気が失せ始める。たまにずる休みをする。

 

2010年 精神が弱すぎて内部進学テストの直前に40度の発熱。点滴を打ってなんとか受験。熱が完全に引くまで2週間かかった。

 

2011年 震災。地元の電車が断線し、2週間不通。復帰後もしばらくは2時間に1本しか通らなかった。そして大学入学。ファッションのダサさに磨きがかかる。

 

2013年 朝はコンビニ、夜は居酒屋のバイトの掛け持ちを始める。一日中働いていたので通学が面倒になる。

 

2014年 教育実習に行くも自分の社会不適合ぶりに嫌気がさす。その後卒論を書くために国会議事堂前駅までの定期を自費で購入するも、国会図書館にはほとんど通わず、国会議事堂前を散歩するだけの日々。

 

2015年 入社。社会人とはこんなものか、と現実を知る。思い描く丸の内のOLとは程遠かった。

 

2016年  一人暮らしを始める。自由を手に入れたことが、逆に不自由にさせるのではと思う。

転職を考え始める。

 

2017年 何もかもがどうでもよくなる。

 

to be continued ...

 

振り返れば学校行きたくないとか、仕事変えたいとか言って逃避したり、場当たり的に何かやってみたりとかそういうどうしようもない人生だけどなんとかやってます。人生から逃げようとしたけど、失敗したので、これは誰かが逃げるなって私に言ってるってことだと思う。 年表をいつまで書き足せるか楽しみです。

 

みんなゴリラ

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作詞作曲・マントラ・よしお

 

ウホ!!ウホホホホ!

ウホ。ウホホ。ウ、ホホホホウイ。

ウホホホホ。

ウ〜〜〜〜。

ウホ。ウホホホホ。ウホッホ。

ウホウホウホホッ。

ウホホホホホホホホ。

ウホッホウホッホ。

私はゴリラ。

どうもゴリラです。

ゴリラです。

好きな食べ物、いろいろです。

サーキュレーション大切です。

人類みんなゴリラです。

ウホホイ。ウホッホ。

ウホホイ。ウホーー。

ウウウウウウ。うホッホッホ。

みかん!みかんだ!

みかんが食べたい。

ああ、みかん。

ゴリラはみかんを手に取った。

しかし皮がうまくむけない。

ゴリラは泣いた。泣いたはゴリラ。

ウホ。ウホホッホ。ウーホホ。

ウホホホホ。ウホホホホ。

 

下町もいいなと思う今日この頃

出身はどこですかと訊かれれば、千葉ですと答える。そうすると千葉のどの辺りですか、と来る。ネームバリューのある場所でも無いので、とりあえず「成田の方です」とうやむやにする。成田なら空港があるのでみんな分かるからだ。しかしそれでももっと詳細にと追撃してくる人はいるもので、仕方なく「印西市です。千葉ニュータウンのある…」と答える。

案の定相手は「聞いたことはあります」だとか「すみません、ちょっとわからないです」と申し訳なさそうに言ってくる。何だか私がスベったような感じになる。

千葉出身って話のタネになりにくいから困る。房総の方ならまた違うんだろうけど。地方だったら、特産品の話とか文化の話で盛り上がれるけど、千葉の北西部って特筆すべき点が(少なくともわたしにとっては)見当たらない。

 

学生時代の途中から社会人になってから一年間はこれまた千葉の柏に住んでいたけど、柏も良くも悪くもフツーの、そこで何でも揃う暮らしやすい街だった。

 

今は葛飾区で暮らしている。ほぼ千葉だ。下町なので商店街が栄えていて、お惣菜が安く買える。自炊するより安いかもしれない。

 

お気に入りは、唐揚げ屋さん。

店主がとても優しい方で、たまにオマケしてくれる。

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会社帰りに寄ると、店主が「おかえり」と言ってくれる。一人暮らしをしている身としては、この一言がとても沁みるものだ。

 

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ラーメン屋もたくさんある。博多豚骨、魚介つけ麺、中華そば、味噌ラーメン、二郎インスパイア系など狭い区画にぎゅっと凝縮されているので、ラーメン好きにはたまらない。おかげで健康診断の結果はボロボロ。

 

最近通い始めたのはカレーショップ。

70歳を超えているであろうおばあちゃんが経営している店だ。

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量が多く値段も安い。味は家庭的で、小さい頃母が作ってくれたカレーを思い出した。母は料理が決して上手くはないけれど、カレーは母の作ったものとおばあちゃんが作ったのが一番だ。

そんな懐かしの味。ニンジンは柔らかくジャガイモはホクホクしている。

通い始めたばかりだけど、おばあちゃんはとても優しそうだ。

 

今日初めて行ったのは駅近くにある、24時間営業の中華屋さん。

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こちらも昔ながらのオムライス。

年季の入ったカウンターとテーブル。厨房でおじさん二人が中華鍋を振っている。タマネギと豚のコマ切れ。ケチャップ。とても美味しかった。

 

 

 

帰り道で見覚えのあるおばさんを見かけた。向こうが手を振ってくれる。そして「あなたうちの店に来てくれたことあるでしょ」と一言。この前行ったスナックのママだ。旦那さんと買い物中のようだ。

 

下町に住み始めて一年。最近まで、引っ越したくてしょうがなかったけど、開拓しようと決めてから好きになってきた。終電は早いし、渋谷や新宿に出るのにも時間がかかるけど、悪くないなあ。