駄文

個人的備忘録

ワタシ人生年表

1992年 千葉県で生まれる。名をばヨシオとなむ言ひける。

 

1995年 弟が生まれる。同じ頃、入院している叔母の見舞いに行き院内の階段で転倒。覚えているのは多量出血と激痛。病院にたらい回しにされた挙句、外部の歯科医院に行くも既に時遅し。ヨシオの前歯の神経は既に無くなっていた。

3歳に満たないながらも、病院のお役所的たらい回し対応と融通の利かなさに憤りを覚える。

 

1997年 身長の伸びが早かったヨシオ。同世代の女の子たちより頭一つぶん背が高かった。この頃の将来の夢はお花屋さん。

父親の下手な演技のせいでサンタクロースは存在しないことを知り激怒。風呂場で泣きながら「サンタさんはいなかったんだ!」と叫ぶ。ちなみにこの時サンタになりすましていた父がくれたのはニンテンドー64

 

1999年 歯を題材にした作文で表彰され盾をもらう。主題はやはり、忌まわしい転倒事故で神経が無くなったあの前歯。抜けて生え変わるまで、黒ずんでいる上、目立つ箇所に生えていたために幼少期の私の自意識に暗い影を落とした。

 

2000年 また歯の作文で表彰される。もはやテーマは覚えていない。

 

2001年 校内長距離走大会で銀メダル獲得。前年の順位は下から数えた方が早かったが、水泳を始めてから体力がついたのだろうか。

 

2002年 日韓ワールドカップでオリバー・カーンに惚れる。授業中は試合の結果がばかり気にするようになる。

校内長距離走大会でついに金メダル獲得。あとは落ちるだけ。

 

2003年 愛猫チビが天に召される。お墓を作り弔う。

 

2005年 中学入学。ロックに目覚め反抗的になる。むき出しにする訳でもなくただ心の中にのみとどまる静かな反抗。親や教員の言うことすべてが軽薄に感じられるようになる。

太宰治人間失格』を読み、自分は道化ではないかと悩み始める。

 

2006年 部活中、過呼吸で倒れたのをきっかけに精神世界に入り始める。ついに引きこもりに。カントやニーチェフロイトユングらの哲学書並びに『悲しみよこんにちは』『かもめのジョナサン』『ベロニカは死ぬことにした』『地下室の手記』などの海外文学にハマる。中二病の一言で片付けて仕舞えば早いが、この頃はやっぱりおかしかったのだろう。

 

 

2007年 相変わらず引きこもっていたがたまに外に出て学校をサボっている他校の生徒と交流し始める。高校に行く気は失せていたものの、説得され進学することに。

中2中3の途中から一切勉強していなかったため、頭がすっからかんになっていた。完全なる自業自得ではあるが、これまた私の人生に暗い影を落とす。教育の基礎部分な抜けてるって大変なことなんだよ。建物と同じで、基礎ができてなきゃなんも建てられないんだから。実質中卒未満の学力だという認識が自分の中に今でもずっとある。

 

2008年 精神が弱すぎて入学してすぐ発熱。しかし宿泊オリエンテーションには無理やり参加。しかし1日目は寝たきり。

 

2009年 またもや学校に行く気が失せ始める。たまにずる休みをする。

 

2010年 精神が弱すぎて内部進学テストの直前に40度の発熱。点滴を打ってなんとか受験。熱が完全に引くまで2週間かかった。

 

2011年 震災。地元の電車が断線し、2週間不通。復帰後もしばらくは2時間に1本しか通らなかった。そして大学入学。ファッションのダサさに磨きがかかる。

 

2013年 朝はコンビニ、夜は居酒屋のバイトの掛け持ちを始める。一日中働いていたので通学が面倒になる。

 

2014年 教育実習に行くも自分の社会不適合ぶりに嫌気がさす。その後卒論を書くために国会議事堂前駅までの定期を自費で購入するも、国会図書館にはほとんど通わず、国会議事堂前を散歩するだけの日々。

 

2015年 入社。社会人とはこんなものか、と現実を知る。思い描く丸の内のOLとは程遠かった。

 

2016年  一人暮らしを始める。自由を手に入れたことが、逆に不自由にさせるのではと思う。

転職を考え始める。

 

2017年 何もかもがどうでもよくなる。

 

to be continued ...

 

振り返れば学校行きたくないとか、仕事変えたいとか言って逃避したり、場当たり的に何かやってみたりとかそういうどうしようもない人生だけどなんとかやってます。人生から逃げようとしたけど、失敗したので、これは誰かが逃げるなって私に言ってるってことだと思う。 年表をいつまで書き足せるか楽しみです。