駄文

個人的備忘録

極私的ブス論(序)

「ブス」と呼ばれたことのない人は良かったね。

そうでない人は、ご愁傷さま。

いや、私だってブスと言われたことなんていくらでもあるのだが。というか、半ばニックネーム的に呼ばれていた時期もあった。ブスと呼ばれた回数は並じゃない。

 

私にとってブスという言葉はそう嫌な言葉でもない。

ブスと呼ばれるたびに「おいしいポジションだな」と感じていた。

こればっかりは受取手次第で、もしブスと呼ばれることを嫌がっている人に面と向かってブスと呼んでしまったらイジメになってしまう。

今回はブスがブスについて軽く話しているという事を念頭に置いて、暇な人だけに読んでほしい。若干下ネタが入るので読みたくない人は注意。

 

私が真剣にブスについて考えるきっかけになったのは友人との会話だ。

友人の知り合いが、お世辞にも美人とは言えず、平安時代にも需要がないどころかどの時代でもあんまり需要がなさそうな見目形をしているのだが、いわゆるヤリヤリのヤリ◯ンだという。

 

その話を聞いた時、何故ブスが…。と思った。

私は男ではない。だから男だったらという仮定でしか話をすることはできないが、一夜を過ごす相手にブスは選ばない。出来るだけ可愛いか美人が良い。ブスというだけでても繋ぎたくないし、一緒に歩いているところを見られたくない。ましてやシャワーを浴びている姿を想像したら吐き気が出そうだ。

こう思うのは私が女だからだろうか。欲深き男ならばブスが相手でも良いのだろうか。

 

この問いは解けない。なぜなら私の周辺にはワンナイトラブ を狙うような男友達がいないからだ。

もしそういう殿方がいたら教えてほしい。ブスが相手でも良いのか。むしろワンナイトラブ の相手に何を求めているのか。

 

 

これがブスによる極私的ブス論(序)でした。序だから短い。まだ本論に入ってないからブスの定義についても語れていない。暇な時に続きを記そう。